2010年11月9日火曜日

我慢して生きなければいけない世の中。

 今日、NHKのニュースで秋葉原事件の裁判がニュースとなっていた。

 「みんな我慢して生きているのだから、ブログが荒らされたからと言って、」といったような被害者の親族のコメントが報道された。

 ここで山中慎一朗が注視したのは「みんな我慢している」だ。そんな世の中が当たり前になってしまって、そんなことを平気で裁判で物申して、NHKが報道することだ。

 誰も止められなかった。「みんな我慢している」

 「みんな我慢する」世の中を当たり前にしていいのだろうか?

 秋葉原事件が起こる前に「みんな我慢している」世の中をどうにかしようと誰も思わない。

 今の世の中に馴染むことに一生懸命。稼ぐことに一生懸命。うまくやることに一生懸命。うまくやれない人は必要ないのだ。だから死刑になるだろう。

 裁判官も弁護士も被害者の親族も、世の中のすべての人が彼を必要としない。それは、この事件が始まってからのものではなく、それ以前から始まっていた。

 なるようにしてなっただけ?

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